アインシュタインの公式レベルになれば脳内は数式で進んでゆく事も出来ると思うけど、普通は会話や対話に於いて進んでくと思うんだよね。
在る重要な内容、例えば仏教なんかでは、布施や帰依と云う言葉を独立的に使うじゃない?色々話しても最終的に帰依や布施に行き着いて、結局帰依や布施と云う言葉の中で暮らしてる様な状態じゃない?
でも実際は俺的には逆に会話や対話に於いて物事は進んでくもので、転じて云えば、帰依する布施すると云う感覚が、会話する対話すると云う価値に置き換えられると思うんだけどね。。
しょっちゅうしゃべりぱなしも疲れるから、其れをどうするかも対話なんだけど・・。変な巡りって云うか、巡らす事自体が変なんだろうけど、人に此の星に生まれたんだから仕方無いんじゃないか?